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愚かな女と呼んでくれ・前編(たぶん) ルアンナムター・ラオス 2009

(まずはチェンマイからルアンナムターまでの経路をざっと)
チェンマイを出発してひとまずチェンライへバス3時間強。ここで一泊。別に深い意味はないのだけれど、去年泊まってよかったので何となくまた行ってしまった・・・。あ、ツーリストインです。ご主人もお元気で何より。
チェンライからチェンコンへバス2時間半。ここでは私のタイの友人(タイ兄)の義理の姉家にお世話になり、ちょっと遠いのだが県内の村にある織りのグループのところへ連れて行ってもらった。手紡ぎ、自然染めのとても素敵な布を織る人たちだが、タイではあまり人気がないらしく、繁盛してはいないようで残念に思った。皆さん自分の作品を持ってきてくれていたので、たくさん購入。義理姉さんが近々タイ兄に荷物を送るから一緒に送ってあげると言ってくれたので、ご好意に甘える。次回は糸紡ぎの村へぜひ案内したいとも言ってくれたので、来年が楽しみ~。
チェンコンの船着場まで送ってもらい、ボートでラオスに渡る。ボートは荷物代入れて40バーツ。はて、値上がりしたかな?
イミグレを無事に通過してそのまま通りに出て、意味ありげに立っていると、さっそく客引きが寄ってくる。ルアンナムターまでのミニバンの客引きだ。
正しいバックパッカーならば、ここは公共バスで移動したいところかもしれないけれど、バンは早いしサスペンションもよくて楽なのだ。腰が悪いロートルであれば、神も許してくださるだろう。で、あまり大きな声では言いたくないけど、そんなに高くないのだよ、これが。ということで、さっさと話を決める。するとほかにも決まっていた人たちが集められ、即出発。私は助手席のすぐ後ろで楽させてもらえた。車はトヨタ。ハイエースよりちょっと大きいバン。まだ新しくラッキーだった。途中一回トイレ休憩を挟み(去年は山道勝手にどこでもトイレだったが、今年はちゃんとトイレのある店で停まった)、ナムターまで3時間ちょっと。残念ながら大きいバス駅で全員降ろされちゃったけど、まぁいいでしょう。

ここまでがナムターまでの移動の経路。こっから本編です~。

ルアンナムターは、実は去年2度素通りした町です。中国への往復の際に、それこそバス駅だけ通過しました。バス駅は町からはるか離れた場所にあるので、町の「ま」の字も見なかったのです。
今年こそはと思い、いざバス駅から町へ乗り合いで。町の中心らしき場所で降ろされたので、何軒か聞いて宿を決めました。木造の建物で、床も木の板。なかなかいい感じです。7万キップ(この時1万円が92万キップ、つまり1万キップはえーと、100円ちょっと、ですね)だったかな。それから銀行に行って両替。さらにツーリストインフォメーションで近くの村の情報を聞きます。ですが、よくわからなかった(笑)。ここは本当に公営の施設なのでしょうか、地図などもないし、ツアーのアレンジが主な仕事のように見えました。一応、近くにあるという村の名前だけ聞いて、何となしに方角を聞いて、その場を後にします。たぶん、町で聞いたほうが村への行き方はわかるんじゃないかな、と思って。
いったん宿に戻り、バイクを借りました。
もう、この時点で十分、愚かであります。
腰が悪いために自転車をドクターストップされている女が、「漕がないのだからいいだろう」とバイクに乗る。うん、まあ、自転車ドクターストップは、骨盤と股関節が普通じゃないために、リハビリで使うエアバイクを漕ぐとものすごく痛くなるからなので、あながち、完全に、解釈が間違っているとも言えないかもしれないのですが……。
ともかく、バイクの運転の仕方を聞いて、ちょっと宿の敷地内で練習して、出発。とりあえずガソリンスタンドへ。少しハンドルが変だけど、まぁ何とかなるかと思いつつガソリンを入れ、ここで村の名前を出して行きかたを聞き、そっち方向に出発。

私の行き先は……、レンテン族の村。
レンテンと聞いてピンときた人は、かなりのアジア布通と言っていいかと思います。普通の人にはほとんど馴染みのない民族でありますし、レンテンの布と聞いても、はて何のことやらさっぱり、だと思います。
しかし、レンテンの藍といえば、この道に迷い込んだ者は必ず一度は手にしているはずであり、そうであればその黒とも言える深い藍色に魅せられているはず。何よりこの私がそうなのです。きっとラオス北部のレンテンの村では、純朴な人々が日夜トントンと機を織り、せっせと藍染をし、この私が来るのを待っているはず!
と、いつものように激しい思い込みに駆られた私は、何が何でもレンテン族の村に行き、実際に染めているところを見学し、はたまたそこで生産されている布を買わなければ死んでも死に切れぬ、というくらい思い詰めているのでありました。そしてそのためには、自分でバイクを運転して行くっきゃないのだよ、君。
しかし、さすがに自分の力量を思い知っている私は、町からいちばん近い村に行くことにしました。宿の人によれば、「村っていうかー、ナムターの中みたいなもんだからー」だそうなので、きっとすぐでしょう。
最初は舗装された町の中をトコトコ走っているので楽チンでしたが(学生時代は原付バイクで東京をかっ飛んでいましたし)、やがて道はダートになり、さらに山道になっていくではありませんか……。想定外です。平坦な場所にあると思ったのに。
まぁしょうがないので、そのへんにいる人々に聞きながら、聞きながら、先に進みます。20分ほどはそうやって走ったでしょうか。ようやくこれかな、と思える村に入りました。
と!
いるいる、いるではありませんか、藍染の衣装に身を包んだばあちゃんが!
思いっきりカメラの被写体として100%の完成度で、そこに座っているではありませんか!

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藍染の衣装に身を包む、完成度の高いレンテン族の女性


さっそくバイクを停め、まずはご挨拶から始めてさりげなく
「ここはレンテンの村ですかのぉ、ほぉ、そうですかぁ、ほんでもってどこかで藍染などはやっておりませんかのぉ、機織でもいいのでございますがのぉ」
などと話をしてみますが、もちろん、タイ語と英語と日本語で喋っているわけですから、通じるわけがない(笑)。んなことはいいのです。とにかく私が敵意のない好人物である(笑)ということが伝わればそれでいいのです。
しばらくにこやかに談笑し(一方的ではあるが)、十分にいい人オーラを発散し終わったところで、おもむろに、「写真撮らせてもらっていいですかの」と聞いてみると、ニッコリ笑って「ええけどお金頂戴ね」ときたもんです。いやいや、微笑ましいではないですか。これでいいんですよ、これで。
ツーリストの中には、「たいした衣装も着ていないくせにカメラを向けると金、金、言われて興ざめ」とか言ったり書いたりする人もいるのだけど、私はそれは了見違いも甚だしいと思うのですわ。あんたには写真を撮る自由がある。ならば相手には撮られたくない、撮るのならば金払えと言う自由がある。そうじゃないですか? 大体さぁ、頼んでもいないのに勝手に来て勝手に写真撮られたら、自分だって嫌だろうに。
ま、それはそうとして、何枚か撮らせてもらってからおばあさんにお札を見せて「これでいいですか?」と聞いたら、「そっちの大きいのがええのぉ」ときたもんです! 「そっちの大きいの」を完全に隠しそこなった私が悪い。ますます気に入った。もちろん、「そっちの大きいの」をお礼にして、その場を後に。
(ここの部分、違う、と思う人も多いかと思います。旅をしながら写真を撮っている人はたくさんいて、私もその1人であるわけで、被写体にいちいちお金を払っているわけにもいかないし、その土地の人にとってそのような行為はよくないと考える人もあって当然だと思います。お金を介するような写真は、正しくない、不純である、みたいな感覚もあって不思議はないと思います。私の場合、基本的には、話しかけて了解が得られれば撮らせてもらう。その人が市場で物を売っている人であれば、それが野菜であれ何であれ、買わせてもらってから交渉する。お礼が欲しいといわれたら考えて、それでも撮りたければ言われたとおりにする、という風にしています。それは自分自身が商いを生業としてから、かなり厳格にそういう風になりました。世の中はギブアンドテイクじゃないとおかしいだろう、と考えるから。こちらだけが楽しくて、後日その写真を見て懐かしんだりブログにアップして世界中に公開したりするのに、撮られたほうには何の楽しみもメリットもない、では、どこか違うよな、と思うのです。)

さて、レンテンの村をさらに奥へ進んでいくと、何となくここが村の中心かな、と思える場所に着きました。人もちらほらいます。でも戸外で機織や藍染をやっている姿は見かけられません。うーん、季節が違うのか、それともここでは生産はしていないのだろうか、と思いながら、近くの人に機織のジェスチャーをしながら「はたおり」とタイ語で言ってみるけれど、ぜんぜん通じません。でもそのうちに、相手が「ファーイ、ファーイ」と言い始めました。ファーイとはタイ語(ラオ語はわかりません)で木綿のこと。もしかして……、と思いつつもその1つの単語にすがるように、「ファーイを紡いで糸にして織ってないですか?」と、完全ジェスチャーでやってみると、「うんうん、ついてこい」とのこと。行ってみると、家の中で、まさに機織をしている女性がいるではないですか。当たりです。写真も撮らせてくれました。


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木綿の白い反物を織るレンテン族の女性。幅は狭い、日本の着尺くらいだろうか


織り上がったものがあったら買わせて貰おうと思って聞いてみましたが、どうも手持ちの反物はないようです。「染めてるのは? この色になってるのは?」と、彼女たちの衣服を指さして聞いてみたけれど、それもここにはないらしく、残念でした。
また別の人が「ついてこい」と言うので行くと、今度は別の家で、奥から反物が出てきました。おお、ついに出ましたよ、レンテンの藍が。本当に黒に近い紺。家の中では完全に黒に見えますが、戸外で見ると藍にも見える(黒にも見えるけど)。やったー、ぜひ欲しい、譲ってほしいーっ!
この時点で私はすでに、30人ほどの村人に取り囲まれている状態でした。怖くはないけど、買わずには帰れないな、という気分ヒシヒシ。


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取り囲まれ、カツアゲされるわし。ウソです。単にみんな見てるだけ。びびってたので暗くてごめん

値段交渉はできればひっそりとやりたいんですけどね。
値段を聞いてみると、高い……!
もともとラオスは物価が高いのです。いや、ツーリストにとってはどうだかわかりませんが。でもちょっと高めじゃない? 少なくともバイヤーとしての私には、ラオスは高い。いいものだ、それはわかるのだけど、高い。米ドルでみんな計算してくる。これはおそらく、ある時期に欧米からのバイヤーが大挙して入り、こういうものの物価を吊り上げてしまったのではないかと思うのですが、どうでしょうか。タイと比較すると、同じようなものがかなり高く感じられます。が、これは私の感想であり、他のバイヤーさんは違う意見をお持ちかもしれないので、一応念のため。
値段交渉を始めますが、下がらない……!
村人たちも見ているので、おいそれと下げるわけにはいかないということもあるのかも。
取り囲む村人たちは、この村人がいくら儲けるのか知りたくて、興味深々で耳ダンボで目キラッキラさせてるし。

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別の村人も染めてないのを持ってやってくる。行きがかり上買いましたが…


渋っていると、奥からまた別の反物が出てきました。数がまとまると交渉のしようもあります。さらに交渉。なかなか下がらないけれど、全部でいくら、となってきて、ようやく「折れてもいいか」という数字になったので、潮時と交渉成立。
結局、この村では反物を4本購入することができました。値段と品質と、と考えると、高かったかな、もう少し交渉してもよかったかな、と思いましたが、帰るに帰れなくなりそうだったし……。村人に取り囲まれて、というのはシチュエーションとしてちょっと自分不利だし、いささか嫌な気分も味わいましたが……。ま、当初の目的の半分は達成できたので、よかったよかった。半分というのは、実際の藍染シーンを見ていないので、という意味です。

さてと。
レンテン村での収穫はこれだけでした。懐も寒くなったし、教えてもらった織りの村というのが別にあるけれど、とりあえずいったん宿に帰って、この反物を置いてから改めて出かけよう。そう思った私は、来た道を逆に帰り始めました。
こんなに反物を買うとは思わなかったので、空ザックを背負ってくるのを忘れ、買った反物はバイクの前カゴという非常に不安な場所に置いてあります。このカゴがまた小さくて浅い。
それでもゴツゴツ石の露出した山道をトコトコ走り、カゴを背負ったレンテンの女性を追い抜いたところで、道は下り坂に。おっと、慎重に慎重に……。
と、自分では十分慎重にスピードも落として下っていったつもりなのですが、見落とした石があったらしく、ビョンと前輪がはねて、その拍子にカゴの反物が、ポンポンっ、と、まるでマンガのように飛び出して落ちてしまいました。

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これが私を窮地に陥れたレンテンの藍だ。わかりにくいけど、ブルーの布の右下に、藍の布がある。埃まみれになったので洗わないと……

焦った私は、一番してはいけないことをしてしまうのです。ブレーキ……。ぎゅーっと握ってしまいました。
当たり前だけどタイヤがロック、そのまま横滑りしていきます……。
このへんはほんとにスローモーションのように記憶してるんです。
一瞬、右足一本で支えたっ! と思ったのも束の間、次の瞬間には支えきれず、重力の法則そのままに、右に倒れていってしまいました。
気づいたときには激しい衝撃と共にバイクは横倒し、自分はその横で、右膝と右手首で全体重を支える格好で落ちた後、非常に素早く立ち上がり、自分が巻き起こした砂埃の中、呆然と突っ立っておりました。
よく、バイクで事故に遭った人が、ぴょこんと立ち上がって何歩か歩いて、それからおもむろにうずくまったり倒れたりする、と聞きますが、これは人間の習性なのでしょうか。その瞬間に脳内興奮物質が出まくって、痛みより何より、「まず起き上がらなければ!」と思うのでしょうか。「立つんだ、ジョー~~!」という叫びが耳をつんざくのでしょうか。二足歩行を始めた人間の、それがDNAに刻まれた本能なのかもしれません。

と、いうところで、長くなりました&市場へ行く時間なので、続きはまた後で。
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by himalaya3 | 2009-03-07 18:14 | 2009ラオ・中国・ベトナム
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