<< チベットの道とプラン(普蘭) 峠を越えて >>

国境 西北ネパール~西チベット(8)

b0033537_2232649.jpg


西北ネパールのフムラ郡シミコットから歩き始め、途中ムチュ村にある最後のチェックポストを夜明けに脱走して通り抜け、星明りを頼りに夜歩き、昼間は人目を避けてブッシュの中で幕営しながら、8日目にヒマラヤの峠を越えた。峠の名前は定かではないが、私が持っている地図によれば、チャン・ラだと思われる。
雪の降り積もる北側の斜面を下った。途中で太陽が山に沈み、後はどんどん暗くなる空と競争で転がるように下りていったのだが、峠の下の平地に下りつくと同時にあたりはとっぷりと暮れた。星明りでカルナリ川の水を汲み、お湯を沸かして簡単な夕食をとった。
一夜明けると快晴だった。ネパール側からヤクを連れた男が下りてきた。ヤクはみな材木を背負っている。もしかすると、前日にすれ違ったヤクを連れたカムバの一団かもしれなかった。

b0033537_22153510.jpg

ネパールと中国チベット自治区との境は、このカルナリ川だ。
峠の直下から、それほど遠くない。この橋が、ふたつの国を結ぶ。当たり前だが、対岸に渡れば中国だ。
想像していた国境は、もう少し谷が狭まっていたり、樹木があったり、崖になっていたりして、何かしら秘密めいた雰囲気のある場所だったのだが、実際のそれは乾いた平地に悠々と青い水が流れ、そこにかかる橋はあまりにも素朴で邪推のしようもなく、太陽に満遍なく照らされて一点の曇りもなく、正々堂々とそこに横たわっているのだった。
そして、辺りに人の気配はまったくなかった。「誰もいないわよ!」と、行き会った白人トレッカーが言っていたとおりに。
躊躇しなかったわけではないが、それでもあっけなく、橋を渡ってしまった。少なくとも、峠を下りた瞬間に比べれば、不安や恐怖はこちらのほうが少なかった。何しろ天気がよかったのだ。

橋を渡ってから、前日に越えてきた峠を振り返った。もう峠の取り付きはカーブの先になって見えず、峠の上のほうもどこがどうなって向こう側に続くのかわからなくなってはいたが。
たくさんの人に世話になって歩いてきた。みんなが助けてくれて、自分はここまで歩いてこられた。そのことと、自分がネパールの法を犯したことは、一生忘れずにいようと思った。
本には書かなかったし、前回の記事でも書かなかったのだが、私はムチュを抜け出してからもう一度、ボスに会っている。警備隊が私を追わなかったのは、一本道を向こうからボスがこちらに向かっていたからだったのだ。
ボスは私の下手な言い訳を聞き、「それじゃ、後からムチュに戻ってきなさい」と、見逃してくれたのだった。もちろん彼は、私が中国に入国できる可能性はゼロだと思ったのだろう。私のような人間は意外とたくさんいて、彼らもほとほと手を焼いていた可能性もある。どうせ帰されてくるのだから、まあ行きたいなら行きなさい、と思ったにせよ、彼がそれを許してくれなければ、私が峠を越えることはなかったのだ。
ありがたかった。そして申し訳なかった。
でも自分には、進む選択肢しかないのも事実だった。

b0033537_22342526.jpg

国境を越えてすぐに出会ったネパールの人。塩を買いに来て、これから戻るんだと言っていた。今日は峠の中腹まで行くと言っていたが、さて、どこかにビバークするような場所があっただろうか・・・?

b0033537_22352616.jpg

塩を背負ったヤギ。いや、ヒツジ?
革を縫って作った袋に入れた塩をみんな2つずつ背負っていた。意外と少ない。それともけっこう重いのだろうか。

b0033537_22364663.jpg

いま見ると笑顔の人もいて、そんなに悪い雰囲気でもないのだが、当時はひどく嫌な村に思えて早々に退散しようとしたシアル村。中国側に入って最初の村だ。人々としては、珍しいオモチャが来たような感じだったのかもしれない。とにかくもの珍しいから見物しよう、という感じ。
村はずれの道路工事の飯場で、ご飯を食べさせてもらった。白いご飯に、大根と肉の炒め物をぶっかけたものだったが、食べきれない分は大事にコッヘルに入れて次の村まで持っていった。

さて。
ネパールを出て中国に入ったものの、私はネパールを正式に出国したわけでもなく、同様に中国に入国したわけでもない。国境を越えれば常に押されるはずの出国スタンプも入国スタンプも、さらに言えば中国のビザさえ私のパスポートにはない。いま私がここにいることは誰も知らず、私はムチュ村で目撃されたのが最後の公的な足跡で、以後ふっつりと消息を絶った状態とも言えるのだ。
さて、どうする。
行けるところまで行くか。
とりあえず、次の村まで。
[PR]
by himalaya3 | 2007-09-21 22:56 | 西北ネパール~カイラス1992
<< チベットの道とプラン(普蘭) 峠を越えて >>