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ルアンパバーン再訪

12年ぶりにラオスの古都、ルアンパバーンを再訪した。

ビエンチャンからの飛行機は予定通りに飛び、50分とかからずにルアンパバーンに着いた。
空港内のタクシーは10ドルだ8ドルだと吹っかけてくるので、小雨の降りしきる中、空港から道路に出て、流しのトゥクトゥクを拾った。3ドルで市内まで。それ以上値切る気はさらさらなかった。

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ラオス航空で出た軽食。
パンとぬるい水、そしてランブータン2個。
ランブータンは私の指では割ることができず、ホテルまで持っていくことになったが、外出して戻るとありんこの餌食となっていた。

ルアンパバーンは、予想してはいたが、リトル・チェンマイ状態になっていた。
あくまでもリトル。
まだまだ田舎っぽいし素朴だし、あからさまな娼婦もそれ目的のオトコたちも見かけない。
ナイトバザールがあると言っても、規模も小さく、チェンマイほど吹っかけてくることもない。
それでも、遠い昔、まだラオスビザが2万円もした頃に比べれば、大変な変化ではあった。

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路傍のお粥屋。午前中のみ。というか、9時頃にはいなくなっていると思われる。
豚肉の入った味付きお粥(広東風)が一杯4000キップ。1ドルが10000キップだから、40セント、つまり、50円ほどになるか。お茶付き。

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トゥクトゥクで織りの村へ行った。
これが村のたたずまい。ルアンパバーンを一歩出れば、以前とほとんど変わらないように見える。

1995ラオスで紹介した織り子さんの写真を覚えておいでだろうか。
今回の旅の目的は、そのとき村で撮った写真を届けることでもあった。
村の中心にある「織物センター」で写真を見せると、みな口々に「ラーン、ラーン」と唱和する。この人は、ラーンさんというらしい。ほかに持っていた、機織りをするおばあさんの写真は、娘だという人が2人いて、無事引き取られた。糸取りをするおばさんの写真は、ラーンさんの母親だという。
やがて村人が「ラーンの甥だ」と連れてきた少年に案内されて、村の中へ。そして一軒の家に導かれ、少年が呼ぶと、奥からたしかに12年分の年月を重ねた写真の少女が現れた。
彼女の写真、彼女の母親の写真(すでに故人になっていた)、そして弟たちの写真は、すべて居合わせた親族たちの手に渡り、歓声と笑い声が上がった。
ラーンさんは別の村に嫁ぎ、たまたまこの日は里帰りしていたようだった。子供が4人もあるそうだ。
また写真を撮ろうかとも思ったが、なんとなく気が進まず、撮らずにその家を後にした。
その気持ちをうまく表現することはできないのだが・・・。

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その近くにある別の村で、布を買った。
その店の裏で、おばさんが織っているところを撮らせてもらった。
こういう写真なら、躊躇なく撮るのだが・・・。

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ルアンパバーンの町なかの、かご屋の店先。
かごはしっかり出来ていて、値段も安い。申し訳ないような値段だ。
旅先でかごを買う人は、そうはいないだろうけれど、自分は買いました。

ルアンパバーンの町はメコン川のほとりにある。12年前にも、川が眺められるところに何軒か飲食店があった。なかなかいい雰囲気の場所だったので、今回も行ってみたのだが、繁盛しているレストランが野外カラオケをやっており、その音があたり一帯に響き渡ってなんとも雰囲気ぶち壊しだった。カラオケの主は、おそらくタイからの観光ツアーだ。
昔は何もないただの道だったところが、今では両側にレストランやカフェ、ゲストハウス、旅行代理店が連なる外人町になっていたりもした。白人には人気がありそうだ。
夜、町をぶらついていると、日本人旅行者が7~8人集団で歩いている。方向が同じなので抜くこともなくなんとなくそのまま歩き続けると、いかにも日本人旅行者が好みそうな「ローカルな屋台」に到着し、彼らは慣れた様子でそこで夕食を注文しはじめた。
自分が若かったとき、こんなふうに大勢で食事に出たりすることがあっただろうか。もちろん、ないとは言わない。言わないが、なんだろうか、この違和感は・・・。
何気なくその後ろを通り過ぎながら、何もかも変わったなと嘆息をつきつつ、そんな自分がひどく年寄りじみて思えたりもするのだった。
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by himalaya3 | 2007-06-25 17:59 | ラオス2007