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聖山カイラスとタルチェン

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早朝のカイラス山北面。
カイラス山はチベット仏教徒にとって一生に一度は訪れたいと願う信仰の地だが、この北面の美しさと凛々しさを前にすれば、誰もが理由など問わずに納得するだろう。
時々この山に登りたいと考える人が現れて、そのたびに物議をかもす。つい数年前にも、中国政府がどこかの国(スペインだったか・・・?)の登山隊に登頂許可を出して騒動になった。結局、あまりの反発におそれをなした登山隊が、申請を取り下げて終わったのだが。
写真を撮ったのはカイラス一周約50キロの巡礼路途上の、ディラプク・ゴンパという地点。名前のとおり小さな、そして破壊されたゴンパがあり、その下に小さな土作りの宿坊があった。ただ建物があるというだけで、ベッドや机といった家具は一切なかったと記憶している。シーズンが始まったばかりの時期だったが、管理人の男と、バター対ツァンパの物々交換をしたことをよく覚えている。管理人の部屋にはヤク糞ストーブがあり、お茶も飲ませてもらっていたか。

北面直下から再び巡礼路を歩き出すと、有名な「ドルマ・ラ」という峠がある。標高は5630m。ディラプクが5210mほどだから、標高差は400と少し。
これに近い標高はネパールで経験していたが、その時はピークハントだからほとんど空身で登っている。今回は20キロに近い荷物を背負っているので、自分ではちゃんと歩いているつもりでも、傍から見れば倒れる一歩手前くらいのヨレ方だったかもしれない。助けてやろうかと言ってくれた人も何人かいた。ありがたかった。でも、何とか自分で担ぎ上げた。峠は雪だった。

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死の渡河地点。
途中でどうやら道に迷い、本来は川の西、カイラス寄りを歩くべきところを、対岸を歩いてしまった。永遠にどこへも着けそうもないので、どこかで渡らなければならないのだが、川はまだ氷結していた。しかもまずいことに、それが緩みかかっていた。
杖で氷をガンガン叩きながら、決死の覚悟で渡った。
落ちれば間違いなく、浄土へと旅立っていた。聖地の巡礼路上で死ぬというのも、悪くはないとは思うものの、この時ではまだいささか早すぎた。

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巡礼のベースとなるタルチェン村の様子。
白い布テントがたくさん張られていて、中には商品をたくさん持った商人もいた。ビスケットを売ってもらった。広州で作られたビスケットで、驚くほどうまかった。その後同じ商品をどこで食べても、そんなにはうまくないのである。
巡礼たちはここを未明に出発して、健脚な人だとその日の夜には戻ってくるという。そこまで屈強でない人は、たいてい北面のディラプク・ゴンパあたりで野営するようだ。

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タルチェンから最初南へ、それから西へ、最後に北へ向かっていく道。遠く見えている雪山はナムナニ峰だと思う。
次の目的地であるアリまでおよそ300キロ。運よくトラックが見つかった。途中で運転手が立ち寄ったチベット人の家で、熱いヤギのミルクをご馳走になった。生まれてこの方、こんなにうまいミルクってものを飲んだのは、後にも先にもこの時だけだ。
運転手は漢族だったため、トラックは空いていた。チベット人はチベット人が運転する車に乗りたいのだという。途中までは助手席に地元の母娘が乗っていたが、この人たちが降りた後は助手席に乗せてもらえた。荷台に比べれば天国のような道行きだった。
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by himalaya3 | 2007-10-27 17:40 | 西北ネパール~カイラス1992

マナサロワール湖とカイラス南面

プラン(普蘭)を出発したトラックは、荷台に荷物とチベット人と私を満載して、でこぼこの道を北へ走った。荷物は箱に入ったビール(らしきもの)と、南京袋に詰まった得体の知れないごつごつしたもの、であった。それらが荷台に敷き詰められているので、人間はその荷物の上に乗るしかなく、座ると言っても座りづらく大変だった。条件がマシそうな前のほうは当然ながら地元の人によって占有されており、私のようなよそ者は乗せてもらえるだけ御の字で、後ろのほうに乗った。

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トラックは途中、道を逸れてマナサロワール湖に寄った。ここは聖なる湖であり、仏教徒であるチベット人たちにとっては、カイラスよりはいささか順位が下がるけれども、立派な巡礼地なのである。ここに至るまでの峠でも、風の馬を投げて祈ってきたのだが、ここでも石積みにタルチョーを取り付ける者あり、湖に何か流すものあり、で、にぎやかな一休みとなった。

カイラス巡礼の基点となるタルチェンに到着したのは、午後2時頃。この日は一日曇っており、カイラスはまったく見えなかった。
予定ではここで泊まるつもりだったが、招待所と値段の折り合いがつかず、テントを持っているので歩き出してしまった。村(と言っても定住している人はごく僅かだったと記憶している)の人に巡礼路を聞き、それらしきトレイルを西へ向かう。風が強く、小雪も舞いだしてビバーク。

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朝起きると、こんな風景が広がっていた。遠くかすんで見えるのは、ナムナニ峰か。かなり長時間降っていた雪だが、軽くて飛ばされてしまうためか、意外にも積もっていない。地面がうっすら白くなっている程度だった。
北、カイラスの方向を見上げるが、前方の山が邪魔したのか、あるいは曇っていたのだろうか、ここでは山を見ることはなかった。

さらに巡礼路を西へ歩き、やがて前方に尾根が立ちふさがった。たいした高さではないが、道はそこで明らかに北へと方向を変えるようだ。
尾根を向こう側からボン教徒の親子が越えてくる。仏教徒は右手にカイラスを見ながら回るが、ボン教徒はその反対に回るのだ。白い馬を連れた親子は、笑顔ですれ違っていった。
尾根には小さなストゥーパが立っていて、それを回り込んだとき、初めてカイラスを見た。正確には、西南西面、ということになるだろうか。

爆発的な感情が湧く、動く、といったことはなかったと思う。
ようやく、ようやく、たどり着いた地ではあったが、「キャー」とか「うれしーっ!」とか「やったー!」とか、そういった感情は抱かなかった。私は静かに、呆けていた、と思う。なつかしい、なつかしい人に会えたような、そんな感じ。ちょっと気恥ずかしいような。

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この日はもっと先まで行くこともできたが、昼前に歩くことをやめてしまった。だって先に進んだら、この南西面とはお別れだから。早く進んでしまったらもったいない。
チベット人なら1日、ゆっくりの人で2日、外国人なら2日半から3日、というのがカイラス一周の標準所要時間だが、別に誰に迷惑をかけるわけでなし、誰のスケジュールで動いているわけでなし、ゆっくりゆっくり行こうと決めた。
南西面直下のタルボチェというストゥーパのある場所にテントを張り、遊牧民が羊の群れを連れて歩くのを見たりしながら、午後いっぱい寝転んで過ごした。
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by himalaya3 | 2007-10-06 16:59 | 西北ネパール~カイラス1992